日本とドイツの水泳習得の違い~泳ぐのが大嫌いだったミー

ミーは子どもの頃、水泳が苦手だった。

父親がまったく泳げない金づちで、夏の旅行で海に行くことはあっても、海水浴というよりは足が届くか届かないエリアで浮き輪にしがみつき、波に乗って流されるのを楽しむ程度のことしかしなかった。泳ぐ目的でプールに連れて行ってもらった記憶もないし、当然親から泳ぎを教わることもなかったし、スイミングスクールに通ったこともなかった。

そんな子どもだったミーにとって、小学校のプール授業は最初から過酷を極めた。

35人ほどいたクラスメートの内、泳げなかったのはミーを含めて5人。泳ぎを教えるのはクラス担任である。

特にテクニックやコツを教えてもらったわけでもないのに、少し泳いで(というよりバシャバシャして)は立ち、また泳いでは立ちを繰り返し、25メートルを端から端まで何度も泳がさせられたことを今でも鮮明に覚えている。こうしてミーは泳ぐのが大嫌いな子供になった。

なぜ、そんなツラいことをしなければならなかったのか。ほとんど泳げない子に泳げる子たちと同様の、25メートル競走をやらせて何になる。日本の水泳の授業はミーを劣等感と苦手意識の塊にさせだだけだった。

このトラウマは小3でやっと25メートル泳げるようになった後もずっと続き、大人になってもしばらく消えることはなかった。結局きちんと習ったことない自前の泳法で泳げるようになったとしても、距離を伸ばしたりタイムを縮めることはできなかったからだ。だから競泳はいつもツラかった。チームに分かれてリレーなんてさせられた日には、ミーと同じチームになった人たちに対して、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

体育の授業で泳ぎについて習う時、バタ足の練習やビートバンを足に挟んで手だけで泳ぐといった基本練習はやったが、腕や手の動きなどのテクニックについてきちんと教わったわけではない。何が悪くてミーは速く泳げないのか、どうすれば改善されるのか。教授してくれる人はいなかった。

ミーの進んだ中学校では、清掃中に起きた人身事故の影響でプールの授業が全て中止となっていた。
生徒1人亡くなるという大変気の毒な事故で、プールに対する恐怖心も芽生えていたため、授業で泳ぐ必要がなくなったことに安堵したのを覚えている。

ミーが学校で受けた水泳の授業とは何だったのだろう。

目的が溺れないよう、水難から命を守れるように泳ぎを習得することだったとしたら、競泳は不必要だろう。タイムに重点を置き、速く泳げるか否かが成績に反映されるのであれば、その教師は水泳の授業で選手を育てるスイミングスクールを模倣していると言える。

大事なのは水難時の知識と伴う泳法のテクニック。それを小中学校の教師に求めるのはそもそも酷なのかもしれない。仮に教師が水泳コーチの免許を持っていたとしても、レベル差のある多数の生徒たちを1人で管理できるわけもない。

ドイツでは『安全のため』に泳ぎを習得することが大前提となっていて、小学校で組み込まれるのプールの授業も、平泳ぎで25mを泳げるようになることを目的としている。ドイツで育った大抵の子供は、小学校に上がる6・7歳までに既に25m泳げる場合が多い。なのでプールの授業では25m泳げる子と泳げない子に分け、最低2人の先生またはプール指導資格者が監督する。プール指導資格者は外部から専門のトレーナーとして市が派遣することもある。

ここは重要だが、タイムを競うなんてことはしないのだ。

『安全』の為の水泳なのだから、当然『タイム』ではなく泳ぐ『距離』に重点が置かれる。

海に囲まれ川や湖が多い日本だからこそ、水泳の授業では『溺れて死なないための泳ぎの習得』に特化すべきではないだろうか、と毎夏報じられる水難事故のニュースを聞く度に、ミーはヒシヒシと思うのである。

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